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税理士法人あけぼの
(旧:白柳経営会計事務所)

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東海税理士会所属

スタッフ事務所通信

毎月スタッフより日々感じたこと体験したことを自由に掲載させて頂いています。お気軽にご覧下さい。

スタッフ事務所通信

2020年2月掲載分

~見えないものを見る~

【美術館にて】
 先日何気なく立ち寄った美術館で、ボランティア学芸員に声をかけられました。「絵画の説明を受けながらの鑑賞会に参加しませんか?」とのことでした。時間にして30分ぐらいで、せっかくなので参加することにしました。 
 そこに展示されていたのはモネなどの西洋の風景画でした。それまで格式高く高尚とされていた宗教画の背景となっていた風景画は、16世紀から17世紀にかけて、宗教画よりも一般の人に親しみやすい絵画のジャンルとして確立されていったそうです。
 展示されている絵の中から3枚の絵を選んで、それぞれ10分ぐらいずつ時間をかけて、学芸員の方が、 絵の描かれた時代背景、細かに描写されているもの、構図の取り方、色使い、画家の書き方の特色等を説明してくれました。
 私は、これまで美術館に行って絵を見ても、ド素人の我流の見方しかしなかった、というか出来ませんでした。ですから単純に自分の感覚で、この絵は色使いがきれいとか、良い風景の絵だなぁとか、ただただ漠然と見るだけでした。それでも気分転換には十分だと思っていました。しかし、学芸員の方に色々説明してもらうと、これまでとは違う見方ができ、絵画を鑑賞する幅が広がったような気がしました。
 例えるならば、これまでは私からの一方通行だった見方が、双方向になった感じです。作者は絵を通してどんな思いを伝えたかったのか、どんな時代背景だったのか等に思いを馳せることは1枚の絵を通して作者と会話しているのかもしれません。
 自分が変われば、ものの見方が変わり、そこから得られる情報の量も質も変わるのだということを気付かせてくれ、良い経験ができたと思います。 

【会話の“行間を読む”】
 芸術も一つの情報と捉えることが出来ますが、最も身近で重要な情報発信手段は会話ですね。会話する時のただ発せられた言葉だけでなく、表情、抑揚、声の質感、身ぶり手振りで伝わり方が随分変わります。また聞く側も意識を集中すれば発せられた言葉から、相手の思いや心理的な状態を感じることが出来ると思います。
読書する時に「行間を読め」と言われますが、会話も同じで、話す側は”言霊“を込めて言葉を発しなければ相手に思いが伝わらないでしょうが、聞く側も、読書の「行間を読む」と同じように話した相手が何を伝えたいのかを五感で受け止め、相手を理解しないと良いコミュニケーションは図れません。
 行間のように”見えないもの“をいつも意識して見るように心がけたいものですね。


令和2年2月

監査担当者 山本 哲也

2020年1月掲載分

~”対岸の火事”と思うなかれ!~

【子供のいない子供会役員】
 私が住んでいる地域では毎年、年末の町内会の集まりで次年度の役を決めることとなっています。過去の役の受託状況から事前に組長さんが各戸々を回ってお願いしているので、例年その会合は割りと早くに終わります。しかし、今年は議案の提案があり、すぐには終わりませんでした。役の一つである「子供会」は小学生以下の子供がいる家の持ち回りなのですが、再来年度に小学生以下の子供がいる家がなくなるのでどうしたら良いのか?という議案でした。

 10年ほど前に私が子供会の役をやっていた時、別の組では該当年齢の子供がいないので、初老の男性が子供会の役をやっていて、「子供のいない組でもこの役をやるのは大変だなぁ」と感じていました。当時は私たちの組は20数件のうち、5,6軒は子供のいる世帯がありましたから、そのような状態になるのは、まだまだ先だろうとあまり実感できませんでした。しかし、今回我が身に降りかかってきて、初めて少子高齢化の弊害を実感しました。

【空き家問題】
 先日、中学時代の同級生から、親御さんだけが住んでいる家が、将来誰も住む予定がなく、今後どうしていくのが良いかと相談を受けました。彼は姉と二人姉弟で彼自身は首都圏にマイホームを購入し、姉も結婚して家を出ており、両親がいなくなったら実家は空き家になってしまう。両親に何かある前に筋道を立てておきたいとの意向でした。近年、空き家問題がクローズアップされていますが、空き家になる前の対策の重要性を切実に感じました。

【早期退職勧告】
 上述の彼は都市銀行に勤めていましたが、40代後半から50代ともなると、その業界では当たり前のように“肩たたき“があるそうです。そうなる前に自らで転職先を探すのか、不遇の残り時間を過ごすのかの選択を模索するそうです。私たち世代はバブル末期世代で就職活動時は大企業が大量採用していました。私も同期が1000人を超すような会社に就職したので、もし、その会社にずっと勤めていたら、今頃は早期退職を促されていたのかもしれません。「もうそんな歳か!」と自分の年齢を感じました。

 何年も前から社会問題になっているこのような事柄でも、私自身は“対岸の火事”にしか感じることが出来ていませんでした。しかし、これでは実際にその問題に直面してから対応策を考える事になります。対応が遅れれば、選択肢は少なくなり、その効果も薄れてしまいます。“対岸の火事”を自分のこととして受け止め、対策を真剣に考えることが大切ですね。もし、それが「杞憂」に終わってしまったら、“対岸の火事”がこちらに“飛び火”しなかった、その幸せに感謝!ですね。(^_^)


令和2年1月

監査担当者 山本 哲也

2019年12月掲載分

~第二の人生をいかに歩むのか?!~

【朝の散歩にて】
ある日、日課である朝の散歩をしていると初老の男の人に「今日、犬は一緒じゃないの?」と声をかけられました。「今年の夏、もう少しで16歳になる少し前に死んじゃったんです。」と私が答えると「そう…長生きだったねぇ。うちの犬も今年の冬に15歳で死んじゃった。あなたはまだ若いからまた飼えるね。自分は年だから飼えないんだよね…。」しばらく間を置いてから「家族同然だったから…」とぽつり。何とも言えない寂しさが漂っていました。

【相続税申告の手続にて】
奥さんが亡くなられた方の相続税の申告資料の確認にお伺いした時、ご主人が対応してくれました。これまで全ての郵便物等の書類の管理は奥さんがやられていました。「おれはこういうのは何も判らないんだよ。これまで全部お母さんがやってくれていたから…まさか先に死んでしまうなんて思ってもなかったから…」
家の中を明るく照らしていた存在感の大きな伴侶を失った方の言葉も身につまされる重たいものでした。

【観光ガイドボランティア】
10月終わりに、数千キロも海を渡って移動する珍しい生態がテレビでも話題となっていた「アサギマダラ」という蝶が飛来したのを田原の蔵王山に見に行きました。私自身、田原の蔵王山に行くのは本当に久しぶりで山頂の施設も大変きれいになっていました。展望デッキから景色を眺めていると、首から観光ガイドの名札をぶら下げたご老人に話しかけられました。「今日は天気が良いけど富士山は見えませんね。昨日の午前中はこの時期には珍しく見えたんですよ。もうアサギマダラは見られました?…」と次から次へと色々な話題を笑顔で話してくれました。週に何日かそこに来て、観光客に話をしているそうです。私と話終わると、まるで蝶が花から花へ移るように、また次の人に話しかけていました。私はその元気な姿に好感が持て印象的でした。

誰しも限りある時間を生きています。毎日毎日をいきいきと過ごせるか否かは、その人がどう考えどう行動するかで変わりますね。それは、前を向くか後ろを向くかのような誰にでも出来る簡単なことの積み重ねで大きな差がでるのかもしれませんね。



令和元年12月

監査担当者 山本 哲也

2019年11月掲載分

~世の中は知らない事、やってみないとわからない事ばかり!~

【ラグビーワールドカップ】
 ラグビーのワールドカップは日本代表の活躍により、大変盛り上がりましたね。
 そのワールドカップが開幕する少し前に私のようなラグビーをあまり知らない人向けのテレビ番組がやっていました。 
 その一つのコーナーで「楕円形のラグビーボールでも上手な選手はキックして何回弾むと走っている選手が受け取りやすいように蹴ることが出来る!」と言っていました。私は「そんなの絶対無理だ、たまたま偶然じゃないか?」とすぐさま思ってしまいました。しかし、実際にやっていた画像が放映されると見事にスリーバウンド目に走ってくる選手の前でポンと跳ね上がりボールは取りやすいところに飛びました。
 「凄い!!そんなことが実際にできるんだ…」と感心すると同時に、自分の先入観、偏見を大いに反省しました。

【トイレ便座の交換】
  先日、トイレの便座の保温機能が故障で作動しなくなりました。数年前に便座を取り外して電気の接触不良を自分で修理したことがありました。(本当は素人がやってはいけないのかもしれませんが…)その時も時間がかかりましたがなんとか自力で出来ました。その経験があったので再度接触不良を修理しようとしました。しかし今回は、何処で接触不良となっているのか特定できず、諦めて便座そのものを買い換えることにしました。
 とりあえず何でも自分でやってみないと気が済まない私は、早速、家電量販店で便座を購入し、自力で取り付けを試みました。便座自体を取り外しているので簡単に取り付け出きると思っていました。しかし、いざ付けようとしたら今回は水道の器具の取替もしなければなりませんでした。「しまった!業者さんに頼まなければいけなかったか…」と思いましたが、よくよく確認するとそんなに難しくなさそうな感じ。恐る恐る仮設置してみると新しい器具と古い器具の形は全く違いましたが、肝心の水道管までの分岐距離は、ほぼ同じ寸法でした。大がかりな工事は不要でなんとか無事に設置作業は完了しました。
 世の中には自分の知らないことはいっぱいあります。自分の想像・想定を超えることもいっぱいあります。「そんな事は知っている!」という思い込みや先入観を捨て、“世の中は知らない事、やってみないとわからない事ばかり!”という意識で物事を見つめ自分自身の見聞を広げていきたいものですね。


令和元年11月

監査担当者 山本 哲也

2019年10月掲載分

~一度得たものを手放す難しさ~

【ルービックキューブから得た教訓】
 先日、家の中の片付けをしていたらルービックキューブが出てきました。私が小学生か中学生の頃にブームとなり、私自身もどこかイベント会場に出かけて制限時間内に全て揃えるともらえる認定書をもらった覚えがあります。今は自力では一面しか揃えられませんが…(^_^)
 子供にやらせてみるとはじめは全く出来ませんでした。傍らでやっているのを眺めていて、出来ない原因がわかりました。数枚色が揃うと「そこは崩したくない」という意識が働き、それ以外を一生懸命動かして揃えようとしていました。そこで「一度揃ったものをバラして次に進む」というコツを教えるとすぐに一面だけは揃えることが出来ました。
 私自身もそうですが、「一度得たものを手放す」ということは簡単にはできませんね。しかし、次に進むためにはそれを捨てなければならないことがあります。
 固定観念、先入観、既得権、安定した生活等…ワンステップ上がるため、チャレンジするためにはそれら一度得たものを“自らの意思で手放す”必要が生じる機会が人生において少なからずあるように思います。

【愛犬の死】
 先月もう少しで16歳になるところだった愛犬(ラブラドール)が死んでしまいしました。家族同様に同じ時間を過ごしてきて、毎朝文句も言わず私の散歩に付き合ってくれた相棒がいなくなってしましました。
 こちらは“自らの意思とは関係なく、別れなければならなくなった”ので惜別の思いが強くなかなか受け入れ難いものでした。しかし、逆に考えれば、“自らの意思とは関係なく”、強制的に決められることであるため、あれこれと考えること無しに次のステージに行かざるを得ない状況になります。
 家族との別れのような“自らの意思が及ばない”ことの方がある意味シンプルで、“自らの意思で一度得たものを手放す”方が難しいのかもしれませんね。
 いずれにしても、次のステージ、次のステップで頑張るのは自分自身ですね!


令和元年10月

監査担当者 山本 哲也

2019年9月掲載分

~心の許容範囲を広げよう~

【朝の散歩で】
 毎朝の散歩で、車の通行量が比較的多いのですが歩道のない道を歩く区間があります。右側通行で歩くと対向車とすれ違う時、歩いている私との間隔がギリギリでもスピードを緩めずに通過する車があります。「おっと!危ない!」(`_´)と少しだけ怒りを感じながら(ほんの少しだけですよ(^_^))肝を冷やすことが時折あります。
 そうかと思えば、私との間隔を充分に開けるために反対側に少し膨らんで通過してくれる車がいます。さらには、徐行しながら慎重にゆっくり通過してくれる車もいます。歩行者の側を通過する時の運転手の対応はこのようにそれぞれ違います。
 歩いている人が車との距離により危険を感じる感覚も私と他の人とは違うと思います。

【免許取り立ての運転】
 最近うちの息子が免許を取り、私が助手席に同乗しました。自分が運転する時の間隔と車間距離やスピード、ブレーキをかけるタイミング等少し違うため、助手席であーだ、こーだと口酸っぱく注意してしまいました。
 家に帰ってきた時、上の娘が「ペットボトルが空になった?」と聞いてきました。「なんで?」と言うと上の娘が免許を取って最初に私が同乗したした時、私は忘れていましたが、あまりに口酸っぱく注意をした為、喉が渇きペットボトルのお茶を飲み干してしまったことがあったそうでした。(^_^)

【自分が絶対?】         
 自分の感覚が「正常」「常識」「正義」と思ってしまいがちなのは私だけでなく、どなたにもその思いは有るのではないかと思います。その思い込みにより“心の許容範囲”が狭くなり、客観的で正しい判断が出来なかったり、傲慢な考え方から円満な人間関係を壊してしまうことだってあるかもしれません。
 昨今、話題になっている「あおり運転」の防止策にドライブレコーダーが推奨されていますが、そのような監視的抑制策でなく、昔の標語であった「狭い日本そんなに急いで何処へ行く。」みたいな考え方で“心の許容範囲”を広げて、他人をおもんばかる社会になることを願っています。
 私は、まず口うるさい父親を止めることから始めることですかね…(^_^)


令和元年9月

監査担当者 山本 哲也

2019年8月掲載分

~サラリーマンが会社を買う!~

 先日、サラリーマンが会社を買うという内容の番組がNHKでやっていました。
 私と同年代の50代は、大手企業では役職定年を迎え、第二の人生のスタートを考える時期にさしかかっています。20代、30代の人も残業代カットなどで収入が伸び悩み、自身の勤めている会社が副業を認めているので、副業を考える人が多くなっています。そのような世相を反映して、100万、200万で会社を買い、転職あるいは副業として新たに経営を試みる人が増えているという内容のものでした。

 いくつかの成功事例の紹介がありましたが、私が印象に残ったのは、フリーペーパー広告会社を購入して僅か数ヶ月で失敗した人の事例でした。
 大手企業の技術職として働く50代で年収1000万円超の人。 「これからの自分に何が出来るか?」と考え、第二の人生を夢見て、フリーペーパー広告会社を購入し、働いていた会社を退職して不退転の覚悟でのトライでした。
 彼の見込みは、次の通り。
 (月の広告費収入400万円)-(印刷費等の諸経費が月250万円)=150万円の利益
 一年換算で 150万円×12ヶ月=1800万円>サラリーマンの時の年収1000万円しかし、実際の月の広告費収入は40万円しかなく営業経験も無かった為に開業してからの新規客は一件もない。転職後僅か数ヵ月で撤退。

 多くの会社の経営を日々、目の当たりにさせてもらっている私からすれば、なんと“無謀な決断”なのだろうと思います。確かに会社を買って成功している人もいるので、失敗例だけを捉えて“無謀な決断”と判断するのは性急な考え方かもしれません。しかし、大切なことは、収入を得る為だけの目的では、会社の経営は維持継続できないということです。
 その番組の中でも、会社を買うことは「地域社会への貢献や会社の物語も一緒に引き継ぐこと」とのコメントもありました。 事業承継する人がない為、第三者が会社を引き継ぐケースは、これから益々増えると思います。その時、引き渡す側も引き受ける側も、充分に“それぞれの思い”を共有できることが必要不可欠だと思います。これは、第三者でなくても、世代交代による事業継承も同じですね。


令和元年8月

監査担当者 山本 哲也

 ~身体のことを考えよう!~

 先日、私の友人が脳梗塞で倒れました。原因は持病の高血圧でした。
 月に一回は必ず友人と食事に行っており、基本的には交互に食べたいものを食べに行くといった感じでした。私は友人が食後に薬を飲むのを見たことがなかったので持病はないものだと思っていました。しかし、今回初めて高血圧であったことを知り、前から知っていれば食事の選択や体調などには気を配ったのに、という後悔の念が出てきました。

私と友人は歳が近く趣味も合うので今月に公開する映画を観に行く約束をしており、その日程を決めようと月初に連絡をしました。しかし2週間経っても既読すらつかず、ようやく連絡がきたと思ったら入院の知らせでした。知らせを受けたのが夜で面会終了時間直前だったので翌日にすぐにお見舞いに行きました。

 友人は寝たきりで左半身が麻痺していました。病室に着くとご両親がおり、私がお見舞いに来てくれたことに感謝してくれました。友人が一番に連絡をくれたのが私であり、友人は私のことをよくご両親に話していたようで、「息子とよく一緒にご飯食べてくれたり遊んでくれてありがとう」と言ってくれました。

 ご両親は私と友人を二人きりにしてくれました。友人は脳が腫れており、頭蓋骨を入れると脳を圧迫してしまうため損傷個所の頭蓋骨は現在外してあること、脳梗塞直後は集中治療室に入っており私に連絡する前日に一般病棟に移ったこと、力を入れたり、感情の起伏があると血管を圧迫してしまったりするため、あまり力は入れられないこと、ご飯はペースト状のものを食べており、固いものは肺などに入る可能性があるため現在は食べられないこと、脳梗塞発症後から元気が出なくて申し訳ないこと、身体が動かないからもてなしてあげられなくて申し訳ないことなどを話してくれました。最後の方は自分が苦しいはずなのに私に対して申し訳ないと言ってくれました。

 私は喫煙者ですが、たばこをやめます。本気で身体も絞ります。
友人は自分が苦しいのに私に気遣いをしてくれる優しい人です。私の周りにはそういう人がたくさんいます。その人たちに心配をかけるようなことはしたくないので不安要素はすべてなくそうと思います。

 今回、この事務所通信を書くにあたり何回も泣きそうになりました。この事務所通信を読んでくれる関与先様や会員の皆様の家族や親族、友人にはいつまでも元気でいてほしいです。喫煙者がいればやめるようにいってほしいです、お酒を飲みすぎる人がいれば控えるようにいってほしいです、糖分の摂りすぎなどにも気を配ってほしいです。本人は大丈夫と言うでしょうが、周りの人は苦しんでいるあなたを見たくないのです。事前に知っていたのに注意せずにそれが原因で苦しい思いをするのは見たくないのです。

 この事務所通信を通して健康に気を配る方が一人でもいてくれることを願っています。


令和元年8月

監査担当者 杉浦 翔太

2019年7月掲載分

~相手のことを慮る大切さ~(おもんぱかる・おもんばかる)

【金融機関にて打合せ】
 先日、顧問先からの依頼で金融機関に行きました。その金融機関の前任の担当者が転勤した為、引継ぎ事項の確認、説明を行いました。
 転勤した前任者は、その会社と役員親族の資産状況、収入状況から資金繰りを提案するなど、その会社のことをよく知っていました。その会社に関与して間もなかった私にとって、その前任者との面談は新しい顧問先の状況を知る上で大変参考になりました。
 しかし、新担当者に面談してみると、その会社の融資状況以外の情報をその新担当者が殆ど知らないことに驚きました。
 その新担当者の言葉によると、引継ぎは紙面によるものだけだったらしく、新担当者はその会社情報収集を一から始めることに近いものであるかのように私には感じられました。金融機関の転勤は突然で、担当件数も多いのでこのような状況もやむを得ないかもしれません。

【ホテルのイベント打ち合わせ】
 前述の金融機関に行ったすぐあと、その足でホテルのイベント開催の打合せに行きました。私がイベントの担当になったのも数年振りで、当然ホテルの担当者も代わっていました。初対面でしたが、電話で事前に概要を話していた事、それから過去のイベント開催の資料を準備してくれていて、それに基づいて打合せした為にスムーズに進みました。打合せしている時にこちらの事を理解しようとする姿勢が感じられ好感が持てました。仕事として当然といえば当然かもしれませんが、その「相手のことを知る、慮る」という基本的なことはとても大切だと改めて感じました。

 金融機関の新担当者も、社長と面談し、会社の施設にも足を運び状況確認し、一生懸命に情報収集をしていました。前任者からの情報の伝達が不十分であった為、効率が悪い情報収集方法になってしまいましたが、「相手のことを知る」という姿勢はありました。しかし、相手ともっと良好な関係を築きたいのなら、やはり事前に自行内の前任者ともっと打合せし、情報収集してから、相手と対話すべきだったのではないかと私は思います。
 ただ「相手のことを知る」だけでなく「相手を慮る」ことが大切だというこの教訓を忘れずに今後に活かしていきたいと思います。


令和元年7月

監査担当者 山本 哲也

2019年6月掲載分

~トラブルのもとを長く置かない~ 

 先日こんな相談がありました。隣の人が駐車場を舗装した際、施工業者の不手際で地境を僅かに越えてこちらの敷地内に入ってしまった。その施工業者から越境したのはほんの僅かなので、このまま使用させて欲しい、ついては覚書に署名して欲しいと。その覚書についての相談でした。その内容の詳細については割愛しますが、まず、意識しないといけないことは、土地に関するトラブルは現状だけで判断しないという点です。土地は通常長期にわたり保有使用するものです。その間に環境は変化します。所有者が代わったり、使用者が代わったり、隣地に新しく建物ができたり、道が通ったり…現状では僅かそれぐらいと思えることでも、何かある都度その僅かなことに常に意識を払わなければならなくなります。また実際にその僅かなことが大きなデメリットになる可能性もあるわけです。長くストレスを抱え続けることになります。ですから、現況において“僅かこれくらい”と思えることでもきっちり対応しておくことが大切です。 

 そんなその相談を受けたこと読んでいた城山三郎 の著書の中にも偶然同じようなエピソードがありました。「A家は、B家の奥にB家から土地を分けてもらった。その時、B家の庭先を私道として使わせてもらうという約束であった。年が経ち、B家ではそれを約束した当主が死に、息子も早死にして、孫の代となった。A家の主は老人になったが健在で、相変わらずB家の庭先を当然のこととして通る。隣人同士のいくつかの小さなもつれもあって、B家の当主はA老人に対してあまり良い感情を持たなくなる。自分の家の庭先を当然のこととして、わがもの顔に通られることに、我慢できなくなる。「いつも済みませんが」ぐらい、たまには言ったらどうだ、と。これに対してA老人は昂然としている。先々代と約束済みだし、絶対の権利なのだ、と腹に据えかねたB家の若当主は、ついに垣根をつくってA老人を通さぬようにした。…」

 お互いの主張がぶつかり裁判などで法的な結論が出たとしても、お互いの感情のもつれは修復困難なものとなります。近隣の人、親子、兄弟でこのようなトラブルが起きたら大変です。自らの理屈の正当性を主張することにこだわりすぎて、大切ものを失わないように、俯瞰的、長期的な視点も忘れずに物事を判断することが必要ですね。


令和元年6月

監査担当者 山本 哲也

~精神の自立~

 私が最近読んだ本の中に「精神の自立」という言葉がありました。この言葉はどういうことかというと自分自身の価値を自分自身で決定するということです。他人から認められるという事ではなく自分で自分の存在や価値を決定するのです。「自立」という言葉を辞書で引くと「ほかの援助を受けず、衣食住について自分の力や意志で行動する主体性を重くみること」とあります。いわゆる経済的に自立するということです。この意味の「自立」は一般的に多くの人が使用していると思います。では、「精神の自立」という意味での「自立」はどうでしょうか。胸を張って「私は自立している」と言えるでしょうか。世の中はどうしても他人と自分を比べて見るようにできています。例えば、学校のテストでは点数や学年順位という形で誰が見ても全体と比べて自分の優劣がわかります。自分はダメなんだ、という劣等感を抱いてしまう人もいるでしょう。その意識を抱いたまま年齢を重ねてしまうと自信を得ることができず、周りの目を気にして生活をするようになるかもしれません。人は他人からの承認を常に欲しています。この承認欲求が自立を阻み、他人への依存の道へ誘うのです。私がもっとも響いた言葉は「人と違うことに価値を置かず、ごく普通の私であることに価値を置きなさい」です。このように考えることができた時、初めて自立できたといえると私は感じました。

 数年前から「バイトテロ」という言葉がありますが、今まではどうしてあのようなことをしてしまうのかわかりませんでした。しかし、今回読んだ本で出てきた「精神の自立」の意味を知ったとき、そして、人は人と違うことに価値を置いてしまっているということを知り、「自分は周りとは違うんだ」ということを知ってもらうために行ったんだと解釈しました。「精神の自立」は大人でもできていない人はいます。私が学生時代にアルバイトをしていたチェーン店のうどん屋では従業員の50代のおじさんが別の飲食店の店長に私が働いていたうどんチェーン店のうどんの作り方のマニュアルを見せて教えていて解雇されました。そのおじさんは常々「ほかの人間ではダメだ、俺がいないと店が回らない」と言っており、他人と比べて自分は特別だと思っている節があり、社員さんも強くそのおじさんに物事を言わないので自分はなにをしても許されるという感覚があったように思います。

 「精神の自立」は容易なことでないですが、これからの人生をよいものにしていくためにも精神の自立はしているといえるようにしたいと思います。


令和元年6月

監査担当者 杉浦 翔太

2019年5月掲載分

~光あるところに影あり~

 先日ミュージカルを観に行きました。初めてミュージカルを観に行くという事で楽しみと上映中寝ないか心配の面がありましたが、終始楽しく観ることができました。テレビドラマと違って舞台の配置が目の前で変わっていくこと、舞台演出がとてもスムーズに変わっていくことに驚きました。舞台セットの奥行きを使ったり幅を広げたり狭めたりすることで場面に合うようにすること、タイミングを間違えずに舞台セットを出すこと、どれもが自然でとても練習を重ねていることが伝わりました。

 ミュージカルを生で観たことで「光あるところに影あり」という言葉が思い浮かびました。演者がとても輝いて見えましたし、自分が輝くために練習を積んできたことも伝わりましたが、演者をさらに輝かせるために舞台上ではないところで奮闘している人がいることを生で観たからこそ感じました。ミュージカルを成立させるために舞台セットをその世界観に合わせる、歌いだしのタイミング、曲のテンポ、歌詞などどれか一つが合わないとミュージカルは成立しないことも感じました。だからこそ、私は演者以上にこのミュージカルを成立させるために観客からは見えない人たちである演者の演技指導をした人、監督、音楽などの裏でミュージカルを支えている人がすごいと感じました。彼らは舞台が終わった後の挨拶には出てこず、設定集にも顔は出さずこの作品に関する考えや思い、伝えたいことが載っていました。決して、表には出てこず演者を輝かせて作品を完成させることがかっこいいと思いました。

 以前、阪神園芸の方がニュースに取り上げられたとき、なにかあったときのために常にグラウンド整備の準備はしているし、ニュースに取り上げてもらうようなことはしていない、いつもしていることをしているだけというような記事を見ました。自分たちが輝くことはないけれど、自分たちの下地の上で輝く人がいるというのが仕事のやりがいがあるのかなと当時は思っていましたが、今回ミュージカルを観て、自分たちの作品を一緒に作り上げている感覚、成功した時の喜び、お客さんからの拍手など一人では味わえないものがあることもやりがいとしてあるのかなと感じました。

 今の生活は便利ですが、私たちが便利と感じられる下地には苦労をしている方たちがいるのでその方たちに感謝をしている人たちがどれだけいるのだろうという疑問も持ちました。感謝の意というのは日々の生活の中で出していける部分もあると思うので態度や言葉遣いなど相手に伝えられるところで伝えていこうと思います。


令和元年5月

監査担当者 杉浦 翔太

~「定額サービス」は是?非?~

 最近、「定額」「定額制」のサービスが流行っていますね。
 ワイシャツのレンタル&クリーニング、絵画の交換レンタルサービス、印刷し放題の定額プリンター、定額制のマイカー、コーヒーやラーメンの飲み放題、食べ放題の月額制etc.…
 色々なビジネスプランを考える人がいるものだと感心しています。
 私も携帯電話の料金プラン、インターネットの利用料としっかり「定額サービス」を利用しています。いつの間にか色々な「定額サービス」が日常生活に浸透してきました。それは最終消費者の私たちにとって“お得なもの”メリットがあるものと認識されているからですね。でも、果たして本当に“お得”なのでしょうか?…

 例えば、食べ放題の飲食店に行くと食べ過ぎてしまったり、自分の好みの食材でなくても、原価の高いものを多く食べる人がいるそうです。これは「元を取らなくては!」との心理が働くからで、おいしく食事を頂くことではなく、金銭的な“お得”を優先してしまうのですね。なんとなく本末転倒していますね。

 この春から我が家の長男が自動車学校に通うこととなりました。最近は少子化で自動車学校も生徒獲得に苦慮しているみたいです。今回も、3年前の長女の時も、どこから名簿が流れているのか戸別訪問して営業していました。今回はキャンペーン中ということで定額制料金プランを勧められ、そのまま申込みました。通常は所定の教習回数で進級できず、余計に教習回数が増しただけ料金がかかりますが、定額制は何回乗っても料金は変わらないというプランで“お得なもの”です。
 上の子供の時は、2,3回余分に乗り、別途料金が発生したので、それを思えば確かに“お得”なのかもしれません。しかし、子供の次の言葉を聞いてこの定額プランは是???と思ってしまいました。「何回失敗しても大丈夫だね!」心理的にゆとりが出来て良いと言えば良いのですが、私には「そんなに真剣にやらなくても大丈夫だね。」と聞こえてしまいました。(^_^) 1回1回真剣に取り組まなくても良いという心の隙間を与えてしまったのではないか?1回落ちれば出費は痛いが、次は是が非でも頑張ろうという向上心は育めるのではと思います。

 金銭的な面だけでなく、「心」でも“お得”を感じられるよう「定額制」を利用したいですね。新元号「令和」にも込められたように美しく心を寄せ合いたいものです。


令和元年5月

監査担当者 山本 哲也

2019年4月掲載分

~旅のススメ~

「若い男は旅に出ろ」
 最近そんな話を聞きました。私が最後に旅をしたのは(そんな大層なものではないですが…)22、3歳ぐらいの時が最後でしょうか。青春18切符を使い、豊橋から博多まで往復5日かけて電車の旅をしました。10年以上前のことですが今でもそれを人に話したり、その時の出来事が少なからず今の自分を構成しているような貴重な体験でした。

 旅行の目的は行けるうちに行っておこうとかそんな理由でした。旅の目的地は青春18切符の期限内で戻ってこられる場所で、なにより博多の焼き鳥(キャベツと柚胡椒がついてる!)がどうしても食べたくてそこにしました。
宿は安く済ますため宿はユースホステルを利用し、1日の多くを電車の中で過ごしていることがほとんどでした。20歳を越えた成人の私ですが、基本的には大の「ビビり」なので、1人でやることは全てドキドキします。観光で立ち寄ったのは広島の原爆ドームと巌流島ぐらいですが、どちらも路面電車やフェリーを使うのでそれすら緊張します。目的の博多に到着し、美味しそうな焼き鳥屋を見つけても、そもそも普通のチェーン店にも1人で入ったことない自分が簡単に知らない土地の居酒屋に入れるはずもありません。意を決して店に入りビールを胃に入れたら多少気が大きくなり、その後はしっかり博多ラーメン食べてホテルに戻りましたが笑
 山口のユースホステルでは、1人で淋しく?泊まっていた私を、オーナーが自宅へ招待してくださり、ホテルで晩ご飯を食べたのにまた晩ご飯を出してくれ、色々気を遣ってくれました。緊張しながらも一人で行動したことや、人の優しさに触れたこと、どれも本当にささいなことですが間違いなく今の私を作っています。今の私がまた同じ所に行けば違った目線で見れますし、感じることも違います。でもそれもまたその後の自分を変える要素になるはずです。「かわいい子には旅をさせよ」「獅子の子落とし」などありますが、年齢は関係なく、その時々で感じることは違うのでいつ行動しても良いと思います。是非新しい自分を作りに旅へ出ませんか!
 私自身もレベルアップの為に次は1人で海外へ!と思いますが想像するだけでビビっているのでもうちょっと先になるかも…。

平成31年4月

監査担当者 白柳 幾太朗

~「ルーティン」を持つと良いことある?!~

【私のルーティン】
 「ルーティン」とは、決まった手続きや手順、動作や、日常の仕事、日課という意味ですね。
 私がここ数年、毎日欠かさずしている三つのルーティンがあります。
 ① 朝起きたらコップ一杯の水素水を飲むこと。
 ② 毎朝散歩をした後に体重を測定し、それをカレンダーにメモすること。
 ③ 毎日一万歩以上を歩くことです。
 三つとも当初は健康面、身体的なダイエット効果を期待して始めました。 何年経ってもダイエット効果は全くありません。(^_^)しかし、病気で寝込むことはないので健康面では効果があるのだと思います。 

【やり続けることが自信につながる】
 以前読んだ本に、何でもいいから何かをやること、やり続けることが自信につながると書かれていました。
 『何もしないで自信を持とうとしても、それは無理な話で、自信というのは何かをやった後の結果として出てくるものである。自信があるから何かをやるのではなく、何かをやるから自信がついてくるものである。』
 スポーツでも、良い選手は勝つために、どんな苦しさや困難にも耐え、それを克服する努力をする。むしろ苦しみに耐えることに喜びや満足感を持っているそうです。私も確定申告業務で帰りが23:30になってしまい、歩数計を見ると7000歩…
 あと30分で3000歩、 一生懸命その場で足踏みし23:53に10000歩を超えました。
 自分でも「何やっているんだろう」と思いつつ、人から見ればこのくだらないルーティンを是が非でも達成しようした自分に愛おしさを感じました。(^_^)

【五郎丸選手】
 スポーツ、ルーティンと言えば以前、ラグビーの五郎丸選手がキックをする前にするポーズが話題となりました。あのお祈りするようなポーズがメンタル面の支えになっていたそうです。
 私も、ルーティンは心理的にも何かしらの効果が必ずあると思っています。その思いから、10年以上前から子供に毎日日めくり(カレンダー)をめくることを日課とさせました。たったそれだけのことなのですが、例え子供であっても何らかの役割を与えることが、その存在価値を認めることでもあるとも思います。例え簡単なことでも、ずっと続けていくことは大切な事だと私は信じています。

平成31年4月

監査担当者 山本 哲也

~初めまして、監査担当の西川 健一と申します。~

 昨年の9月に入社しましたので、遅ればせながらではありますが自己紹介をさせていただきます。豊橋市出身で年齢は44歳です。前職は接客サービス業でしたので、現在は仕事内容に戸惑いながらも日々奮闘しております。今回この事務所通信という場で自己紹介をする機会をいただきましたので、私の趣味についてお話してみようと思います。

 趣味は「料理」を作ることです。一口に料理といっても日常のものから手の込んだものまで色々あるわけですが、どんなものを作るにしても心がけていることが一つあります。それは「食材を無駄にしないこと」です。

 食事する際に感謝を忘れないためというのももちろんですが、何よりおいしくいただけるものを処分してしますのは勿体ないですよね。出汁がらの昆布を佃煮にしてみたり、捨ててしまいがちな葉物野菜の芯の部分を和え物や漬物にしてみたり、ブロッコリーの芯の部分なども甘みがあっておいしく食べられます。味付けはどうしても自分好みにしてしまいますが、調味料はひととおり揃えたうえでレシピ・分量はあまり気にしない「ザ・男の料理」といったスタイルなのですが、案外失敗なく出来上がるから不思議なものです。

 会計事務所の業務に限らず仕事では十分な準備・細やかな心配りといった、私の料理にも付け加えるべき要素が要求されます。業務では「無駄にしない」意識は持ちつつも細やかさも同時に意識していけたらと思っています。


平成31年4月

監査担当者 西川 健一

2019年3月掲載分

~冬来たりなば春遠からじ~

【冬鬱】
 冬ももう終わりに近づいているこの時期に、少し遅いテーマになるかもしれませんが、「冬鬱」と呼ばれる鬱症状があるそうです。 毎年、日照時間が短くなる10月から11月にかけて症状があらわれはじめ、日差しが長くなる3月頃になると回復するというサイクルを繰り返し、その症状から「ウインターブルー」とも言われています。 日照量不足が原因で、一般的なうつ病と違うのは、過食・眠気といった症状があらわれやすいことです。人類の祖先が冬に備えて栄養を蓄え、静かに過ごす準備をしたことや、それよりずっと以前の進化過程にあった冬眠習性の名残だそうです。

【繁忙期】
 私たちは、大変有り難いことに毎年1月から3月にかけて多くの仕事を頂き忙しい日々を送っています。(^_^)やる気満々でこの繁忙期に突入していくのですが、後半を迎える2月中旬から3月にかけては、さすがに心身ともお疲れモードとなってしまいます。(冬鬱とは少し違いますが…)
 でも「こんな時こそ元気を出していかないと!」と毎日自ら鼓舞しています。このように前向きに考えるきっかけとなるエピソードが有りました。 

【整体の先生の一言】
 随分前に私は腰を悪くして整体に通っていました。症状が重くなかなか改善しなかったので、そこの整体の先生の師匠が東京からたまたま豊橋に来るので診てもらうことになりました。
 その師匠先生は私に施術をしながら、私が学生時代どんなスポーツをしていたのか、どんな仕事をしてどういう生活をしているのか等々質問し、施術以外に私の生活習慣から注意すべきこと、腰痛を予防する方法を話してくれました。
 そして、人の傷んだところを施術するには心でも身体も、自分自身が健康でないとならない、自分の元気で人の治療するぐらいの気概でいるとおっしゃっていました。さらに人から相談を受け、人の悩みを聴き、相談相手となるようなことを仕事とする人は、相手の悩みを吸収しても大丈夫なようにいつも元気でないといけないとのアドバイスも頂きました。
 その時以来、自分が人に元気を与えられるだろうか?と自問自答しながらやってきました。まだまだ十分ではないと思いますが、少しぐらい辛くへこたれそうになっても、「冬来たりなば春遠からじ」という言葉を胸に、春が必ず来ることを信じ、毎日を懸念に積み重ね、元気を出していきたいと思います。


平成31年3月

監査担当者 山本 哲也