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「田分け」で財産が消滅
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税理士法人あけぼの
(旧:白柳経営会計事務所)

TKC全国会会員です
TKC全国会
TKC全国会は、租税正義の実現をめざし関与先企業の永続的繁栄に奉仕するわが国最大級の職業会計人集団です。
東海税理士会所属

スタッフ事務所通信

毎月スタッフより日々感じたこと体験したことを自由に掲載させて頂いています。お気軽にご覧下さい。

スタッフ事務所通信

2019年2月掲載分

~「専門家」って凄い!「保険」って有り難い!~

【困った!スマホが故障…】

 昨年末に急にスマートフォンがWi-Fiは使えるのに通話が出来なくなってしまいました。何度も電源を入れ直したり、インターネットで調べた対応策をいくつか試してみましたが全く直りませんでした。
 仕方なく翌日、営業時間終了間際のギリギリに携帯電話ショップに駆け込みました。故障の状況とこれまで私が試みた対応策を一通り店員に説明しました。若い男性店員でしたが私が説明したことをすっかり信用したのか、早く帰りたかったのか(^_^)わからないですが、あれこれと自らで試すこと無く「これでダメなら基板が故障しているので機器取替となります。」と言いながらいきなり新しいICカードにその場で取り替えてくれました。
 素早いその対応に、私が店員なら自分で少しは動作状況の確認をしてから部品を取り替えるのに…、閉店間際でよっぽど面倒に感じてるのか?と少し疑心を感じましたが、目の前で部品を新品にしてもらったので気分はさほど悪くありませんでした。
 そもそも、そのスマホは買ってから4年経過し、そろそろ買い換えの時期を迎えていたので、買い換えも仕方ないかと思っていました。
 期待半分諦め半分で電源を入れ直して通話を試みましたが、結局通話出来ませんでした。「仕方ない買い換えか…」と思った瞬間、その店員さんはパソコンのキーを叩きながら「お客様はスマホにトラブルがあった時の保険に加入されていますので同じ機種の機器に交換が可能です。」と言いました。そんな保険に入っていた意識もないし、そもそも4年も前の機種が在庫にあるの?と思いましたが、私自身スマホをバリバリ使いこなし新機種でないとダメだと言う人間ではないので、それが可能ならそうして欲しいと伝えました。すると店員さんは素早く在庫確認し、翌日自宅に届けてくれる手配をしてくれました。「翌日って間に合う?もう19時近いのに…」と内心思いましたが、私が店舗から出る時も丁寧な見送りで気分良く帰宅の途につきました。
 翌日、朝10時過ぎに宅急便が届きました。凄く早い!専門家(組織)って凄い!保険って有り難い!と強く感じました。
 日本語としては正しい表記ではないですが、対応してくれた店員様は私の中で「若い店員」→「店員」→「店員さん」→「店員様」と出世魚のように変化していきました。(^_^)

 世の中には生命保険、自動車保険等の様々な保険がありますが、皆さんはご自分が加入している保険がどんなものか知っていますか?保険の内容を確認し必要な見直しはとても大切です。その備えが万が一の時、保険って「有り難い!」となります。

平成31年2月

監査担当者 山本 哲也

2019年1月掲載分

~過ぎたるは猶及ばざるが如し!~

【第34回経営研究会】
 毎年恒例となっている当事務所の経営研究会を今年も12月4日に無事開催することが出来ました。多くの皆様にご参加頂きまして誠に有り難うございました。
 今回は医学博士の石原結實先生をお招きし、健康、がん治療、食生活等に関する大変有り難いお話を時にユーモアをまじえながら楽しく聴くことが出来きました。お話をお聴きして、有り難い情報を収集しても、それを実践しないと意味がありませんね。私は講演を聴き印象に残った内容から、食べ物は私たちの体内に入るものなので、注意しなければいけないこと、腹八分目を意識して食べ過ぎないこと、適度な運動を行い十分な睡眠をとること実践して、健康維持に努めたいと思いました。特に最近“食べ過ぎ”と“働き過ぎ(?)”の傾向にあるので「過ぎたるは猶及ばざるが如し」と意識して、何事も「適当」となるよう善処したいと思います。

【閉会の挨拶】
 経営研究会の後の「望年会」で私は、閉会の挨拶をさせて頂きました。折角の機会なので、何をお話させて頂こうかと前日にあれこれ考えて、3分間程度の内容にまとめました。しかし、実際には時間は少し超過してしまい、事務所内外から「長かった」とのご指摘を頂きました。「長かった」と感じさせてしまうのは内容がイマイチで、私の中では、炎天下の小学校の朝礼で児童がバタバタと倒れていく、校長先生の長い講話と同じか…と反省しました。
「過ぎたるは猶及ばざるが如し」(何事も程ほどが肝心で、やり過ぎることはやり足りないことと同じように良いこととは言えない)
「次の機会があればシンプルに短く話そうか」…とも思いましたが、「イヤイヤそれでは誰がやっても同じでつまらない。「長かった」と感じさせてしまったのは、話し方や内容がダメだったからで、長く感じさせないような話し方、内容にして次こそ頑張らないと」と考えを改めました。
「過ぎたるは猶及ばざるが如し」と自重しないといけないこともありますが半面消極的な考えに陥ってしまうこともあります。その対義語ではないですが「大は小を兼ねる」大胆に積極的に考えないといけない時もありますね。「中庸」「臨機応変」の考えも取り入れて、自分自身が自分を俯瞰的に見て、適切な考え方、行動をとっていける、そんな思いをここに書きたいと思いますので、本年も宜しくお願い致します。

平成31年1月

監査担当者 山本 哲也

2018年12月掲載分

~当たり前の有り難さに感謝!~

【台風で停電】
 10月1日の台風で被害に遭われた方も大勢いらっしゃったと思います。我が家では隣家の壁板が落下し車に当たり車が少し傷ついた程度の被害で済みました。それよりも“困った”と思ったのが停電でした。電灯がないので暗い、冷蔵庫のものは大丈夫?ガスは使えるが、給湯器、炊飯器が使えない、携帯電話の充電が出来ない、固定電話には非常用の電源がついていたが光電話に変えたので、その機能は全く無意味であることが判明…、一方、外では信号機が点いていないので渋滞、事故も多発、マンション、アパートでは電気だけでなくポンプが稼働しない為、断水まで発生し、トイレもままならない…
 スーパーでは冷蔵・冷凍庫が機能せず廃棄品がかなり発生。
 たった一日でしたが生活は大混乱でした。そう感じた方は私以外にもいらっしゃったと思います。

【事務所のパソコンLANの障害発生】
 最近、事務所のパソコンLANに障害が発生し、サーバーとのやりとりやインターネットの利用が出来なくなりました。日常業務の殆どをパソコンで行っているので業務が全く行えません。電卓と紙と鉛筆だけで会計業務、申告業務を行うことは、もはや不可能になってしまいました。今は調べ物をするのも殆どインターネットで行えますが、インターネットが使えない状態になると昔はどうやって調べていたのだろう??とその調べる方法さえも判らなくなってしまっています。

【奥さんが入院!お弁当ってどう作るの?】
 先日うちの妻が3日ほど入院しました。私は一人暮らしの経験もあるので、家事は一通りこなせると思っていました。しかし、家事の一部を手伝うことは多少あっても、家事の一切を一人で行うことはないので、大変困りました。子供のお弁当を作るにしても何をどう作る?弁当箱はどこにある?…洗濯も、犬猫の世話もしないと…時間がない!とりあえずお惣菜を買ってきて、おにぎり握って弁当箱に詰めてお終い。
 ドタバタしながらなんとか過ごしました。

 「当たり前、当然」の反対語は有り難いといわれることがありますが、「当たり前、当然」というものは全く存在せず、全て有り難いものであるなぁと今回感じました。
 「当たり前、当然」と思ったり、感じたりするのは、きっと自分自身に“有り難い”という感謝の念が足りないということなんですね。

平成30年12月

監査担当者 山本 哲也

2018年11月掲載分

~日々の研鑽が実を結ぶ!?~

【慌ただしかったある朝の出来事】
 新幹線に乗って出張する朝、家を出る予定時刻の15分ぐらい前。「しまった!」事務所に忘れ物をしたことに気づいた。今から事務所に忘れ物を取りに行くと乗る予定の新幹線には間に合わないかも…でも、どうしても今日必要なものなので、事務所に忘れ物を取りに寄り、急いで駅へ向かった。途中踏切のせいで混雑する信号でかなりのタイムロス。安全運転且つ効率の良い(?)運転で駅前に着いたのは乗る予定の新幹線が豊橋に到着したのとほぼ同時刻。後は通過列車待ちのアディショナルタイムとの競争。乗車券を買って猛ダッシュ。普段は絶対にしないエスカレーターの右側を駈け上がり、自動改札に。降りて来た人と交錯しながら今度は階段を駆け降りる。最寄りの乗車口に滑り込む。ギリギリセーフ。この間約5分。重たい鞄を肩に担いで走りきった。

【日々の研鑽が思わぬところで役に立つ?!】
 何ヵ月か前の自分なら走る前に諦めて次の新幹線に乗ることを選択していたでしょう。3,4ヶ月前から朝の散歩を週のうち2日ぐらいはコースの半分を走ることにしていました。それはある社長さんから「ただ歩いているだけでは効果がないよ。早足で歩くとか少し負荷をかける運動も織り混ぜないと!」とのアドバイスを実行したからでした。最初は100m位しか走れませんでしたが徐々に走れるようになり、最近は1500m位は走れるようになりました。「たったそれだけか?!」と思われる人もあるかもしれませんが20歳の頃と比べ体重が15キロ近く増加した50歳過ぎの躯にはこれぐらいが調度いいのです!現にその甲斐あって新幹線にも間に合ったのですから… いずれにしても、この研鑽(?)が今回役に立ちました。

【日々の研鑽に見合った仕事が舞い降りる?】
 今回の私の場合は笑い話でしかありませんが、そんな中にも日々の研鑽は大切だと実感させられました。研修会や勉強会に参加したり、技能実習を行ったり、人と情報交換をしたりすることは、すぐに直接業務に活かすことは稀かもしれません。しかし、このような日々の研鑽を積み上げなければ自らのレベルアップはありません。そしてレベルアップして準備した人のところに必ずそれ相当の仕事が舞い降りて来るのだと私は信じています。
 もし「こんなつまらない仕事するの?」と現状の仕事に満足できないなら日々の研鑽が足りないのだと自らを反省し、「こんな難しい大変な仕事が来た!」と感じたら日々の研鑽の賜物なので、感謝してチャレンジするようにしたいですね。

平成30年11月

監査担当者 山本 哲也

2018年10月掲載分

~ダメだなぁと思った瞬間~

 8月の終わりに研修会に参加する為、東京に行きました。本当に久しぶりの東京だったので時間に余裕を持って行きました。研修は午後1時からだったので、少し早めに昼食をとりました。事前の調べで研修会場は新宿駅より徒歩10分だったので余裕で間に合うはずでした。

【ダメだなぁと思った瞬間その1】
 会場の場所の下調べ無しでも研修案内に載っていた概略地図と携帯電話だけでなんとかなると思っていたら、地下道から出た瞬間にここはどこだ?と迷子(?)になってしまいました。事前準備を怠った私は“全然ダメだなぁ”でした。

【その2】現在地を示す案内看板があったので、それを見ながら現在位置を確認していました。すると後ろから「Excuse me?」と外国人の年老いた男性が私に声をかけてきました。普段英語を使うことなど皆無の私はとっさに「I’m sorry…」と言ってにっこり。次の言葉「I can speak English a little」を発したのと同時に「△□*#…?」と質問されてしまいました。とりあえず聞き取れたのは「South」という単語だけ。私は空を見上げ太陽の位置を確認して、南の方角を指さし笑顔で「South!」と答えると老人も笑顔で「South!Thank you!」と言って私の指さした方向へ歩いて行きました。老人が私の言ったことに従って南へ向かったのか、こいつに聞いてもダメだと思ってとりあえず歩き出したのかは判りませんが、私の対応は“全然ダメだなぁ”でした。

【その3】自分も先を急がねば。携帯電話のナビ機能を駆使して研修会場に向かいました。研修開始30分前にようやく辿り着きました。しかし会場受付で違和感が…。研修名が違う!会場の名称を誤入力。よく似た名称の違う会場でした。住所や電話番号で入力すれば良かった…。“全然ダメだなぁ”

【その4】再度会場名称を入力し、ナビ開始。徒歩10分と表示。ギリギリだ。念の為通りかかった警察署の警官に道順を確認。警官も携帯を取り出して確認し出す。「しまった!それなら私と同じじゃん」と思ったが、案の定、明確な案内は受けられず。ロスタイム。徒歩10分「目的地付近です。」とナビの案内。どこ?目の前のコンビニに入り、店員に「●●ビルってどこですか?」と尋ねると「聞いたことあるけど、どこだったかなぁ…」大変混雑する時間だったので迷惑そう。仕方なく「有り難う」と言って外へ。交差点を挟んで斜向かいにあるじゃん!いくら何でも知らないか?と思ったが小さなビルの名前なんていちいち覚えないか。相手の忙しさを顧みずその対応を悪いと非難する私の感情は“全然ダメだなぁ”

 かくして、なんだかんだありながらも開始10分前に研修会場の受付完了。

 ダメだなぁと思えば次々とダメなことが起ったように感じます。でも結果としては無事に有意義な研修を受けて帰ってこられました。しかも楽しいエピソード付きで。

 事実・現象は一つですが、本人の受け取り方・感じ方で良くも悪くもとれますね。

平成30年10月

監査担当者 山本 哲也

2018年9月掲載分

~二つの「死」に思うこと~

 重たいテーマですが、最近私の周りにあった二つの「死」について感じたことを今回書かせて頂きます。

 1ヶ月ほど前、私の伯父が亡くなりました。90歳でした。亡くなるときは、病院から知らせを受けた家族が到着したのち30分もしないうちに皆の到着を待っていたかのように見守られ、苦しまずに最期を迎えました。いわゆる大往生でした。通夜、葬儀、火葬…悲しさや寂しさはありますが、これまでご苦労様でした、安らかにお眠り下さいという気持ちがしっくりくる「穏やかな死」と感じられるものでした。

 それから2週間ほど後のことです。テレビで新城の豊川で若い男性が水難事故で亡くなるニュースが流れていました。その時は「まだ若いのに可哀想だなぁ」と私は通り一遍の感情を抱いただけでした。しばらく後に娘が帰宅し、携帯電話のネットニュースの画面をかざしながら「お父さんこの記事見た?お父さんも知ってる人だよね。」と言ってきました。私は「??」でしたが、娘は続けて「お祖母さんちの前の○○さんとこの子だよ。」それでも私は「??」でした。さらに続けて「お父さんが朝散歩してる時に自転車に乗ってすれ違う時に挨拶してくれるって言っていた子だよ。」とそこまで聞いてようやく判りました。朝散歩している時にすれ違うと必ず笑顔と明るい声で「おはようございます。」と言ってくれたイガグリ頭の高校生(当時)でした。
今年から社会人になっていたそうです。「あの元気な高校生が…」
 自分の子供と同世代の子が不慮の事故で亡くなるなんて、その親御さんの気持ちを推し量るといたたまれない気持ちになりました。おそらく朝は元気に家を出ていき、帰ってくるのが当たり前の日常からはこのようなことが起こるとは想像だにしなかったことでしょう。
 この二つの「死」は、私の心に相反する想いを抱かせました。伯父の死は、「このように自分も最期を迎えたいな」という穏やかな想いで、若い子の死は、「こんなに早く、しかも突然に亡くなって欲しくない!」やりきれない想いです。

 これまで、数々の経営者の方とお会いしてきましたが、病気療養の末、亡くなられた方は数多くおられました。突然亡くなられた方も何人かおられます。しかし、残された人は悲しみの中でも、毎日を歩き続けねばなりません。例え、やりきれない想いを抱いたとしても、自らが出来ることを黙々と行い「今日を精一杯生きる」ことが亡くなった方への一番の供養かもしれませんね。

平成30年9月

監査担当者 山本 哲也

2018年8月掲載分

~その確認作業は誰のため?~

 先日、スーパーでセルフレジを利用しました。ピッ、ピッと快調にレジを済ませていましたが、ノンアルコールビールをバーコードリーダーにかざした時、レジがエラーになりました。年齢確認の為に店員さんを呼ばなければなりませんでした。その時私は「ノンアルコールビールってお酒なの!?」「それ以前にどう見ても私は20歳以上じゃん!!」と思ってしまいましたが、冷静に考えればセルフレジはそもそもそのようなシステムなので「仕方がないかぁ。」と納得しました。温厚な(?)私でさえも少しだけ(^_^)イラッとしてしまったので、血の気の多い人の対応はさぞかし大変ではないかと思ってしまいました。

 数日後ネットの記事を何気なく見ていると、40代の男性がコンビニでお酒を買おうとして「20歳以上です」のパネルを押して下さいと店員に言われ、そのことに立腹してそのパネルを壊してしまったという記事を見つけました。コンビニの立場からすれば、未成年者への酒類やたばこの販売の防止対策を義務づけられ、その対応策として業務マニュアルを作り、それに対応するレジシステムまで導入して、実際に未成年者への販売がないようにと、面倒でも全ての人に同様の対応を行っていただけなのにひどい仕打ちです。別に顧客を怒らせようと意地悪をしているのではなく、ただ粛々と社会責任を果たしているだけだったのでしょう。

 しかし、「責任を果たす」という使命感だけでは十分ではなく、それと同時に相手を思う感情とか相手を信じる心が備わっていないとクレームへ発展してしまう可能性があるのではないかと私は思っています。

 「確認義務・確認責任」について私自身が今なお忘れられない嫌な出来事があります。20年以上前、長女が生まれる時の話です。大変な難産で破水して丸一日近く経っても出産できない状態でした。総合病院で、その日は運悪く経験の浅い若い医師しかおらず判断が遅れました。その後呼び出されたベテランの医師の判断で急遽帝王切開手術を行うことになりました。その時にその若手医師は手術の同意書を意識が朦朧としている妻に書かせようとしました。そんな状況の妻にサインさせるのではなく私が代わりにサインすると申し出ましたが「決まりなのでご本人のサインを」と結局、妻にサインさせました。その時の私たちにとって、その同意書の本人のサインは全く意味がないもので、それよりも他に大切なことがあっただろうという思いが今も消えません。

 今の社会においては「確認義務・確認責任」は必要な部分もあります。しかし、私は、年齢確認なんてなく、たばこのお使いを頼まれた子供がその釣り銭をお小遣いにもらえた時代の方が相手を思う感情も、相手を信じる心も社会全体に満ちていて、良かったなぁと思っています。ノスタルジックな思いを馳せるのは年をとった証拠?!

平成30年8月

監査担当者 山本 哲也

2018年7月掲載分

~変化の中にいることを認識する~

 先日、お客さんのところに車で向かっている途中で電話ボックスを見かけました。よく見ると年配の女性が二人でその電話ボックスを掃除していました。 その光景に今回のテーマが浮かびました。

 最近は、その数がめっきり少なくなった電話ボックス。テレビの情報番組で小学生に電話ボックスで電話をかけてもらう企画をしていました。まず受話器を上げなければいけないことを知らない…テレホンカードを何処に差し込んだらいいのかわからない…携帯電話では覚える必要がないので相手の電話番号がわからない…
 私は、「えっー!」と最初は驚きましたが、昨今の電話ボックスを目にすることが少なくなった事情を冷静に考えれば、「そりゃそうだなぁ…」と納得しました。

 トランシーバーよりも大きな携帯電話が一部の富裕層しか所持出来なかった25年以上前、私はパソコンやワープロの販売の営業職をしていました。パソコンも今よりかなり高価でプリンターまで一式揃えると100万円近くしていました。その時代の研修ビデオの中で 「近い将来、持ち運びできるテレビ電話で誰もが会話するようになるでしょう!」と言っていました。それを見た当時の私は、その“近い将来”って50年ぐらい先?と勝手に想像していました。しかし、25年経った今振り返れば、テレビ電話はもう一昔前に現実のものとなっています。

 毎日の生活を積み重ねている中では、「時代の変化」を感じることは、なかなか出来ないものですが、今回はたまたま見た、電話ボックスを清掃する人の姿から、「時代の変化」を改めて考える機会を得ることが出来ました。

 「変化を感じる」と「変化を感じない」の違いは、実は自分自身の問題で「変化を感じる」のは「変化を受け入れている」ということで、「変化を感じない」のは「変化を拒否している」ということではないか思います。
 人間歳を重ねると自己防御本能が強くなり変化を避ける傾向にあると言われています。変化を避ければ、残念ながら、電話ボックスの清掃業務のように「時代の変化」の中にいずれ埋没し消失してしまうのでしょう。変化を避けるという自己防御本能が逆に自己を防御出来なくなる状態にしてしまうのではないでしょうか。

【変化を避けず、変化の中にいることを認識し新しいことにチャレンジする!】
以上が「自己防御本能が大変強い私」が今回得た教訓でした。

平成30年7月

監査担当者 山本 哲也

2018年6月掲載分

~「ステマ」って何?~

 最近、耳にした言葉で「それって何?どういう意味?」と思うものがありました。それは「ステマ」という単語です。
 確定申告時期に医療費控除の関連でたまに耳にする「ストマ」(人工肛門)の派生語か?と一瞬思ってしまいました。(^_^)
 早速、調べてみると、
 「ステマ」とは「 ステルスマーケティング 」の略語で、消費者に、商品広告だと気づかれないように宣伝をすること。ステルスとは英語で「隠密、こそこそしたやり方」の意味。露天商などが使った「さくら」や「やらせ」と同じ行為で、業者と通謀して客になりすました人が商品をほめるなどして、買い物客の購買心をそそる行為である。
 とありました。 
 インターネット、SNSが普及した今日、それらの媒体を活用し、自らの商品の購買意欲を誘導的に刺激すれば、早期に大きな利益を獲得することが可能です。しかし、モラル違反とも受け取られる手法で、詐欺まがいの手法が横行し、海外では既に法規制化されています。日本でも、報酬をもらって「食べログ」に投稿する業者の存在が問題になりました。
 いずれにしても、私の中では“ステマ”は“モラル違反”“やらせ行為”といったネガティブなものであり、健全なマーケティング戦略ではないと考えます。

【テレビのニュースを見ていて…】
 五月の連休に関東地方で雹が降ったり突然強い雨が降ってきたというニュースがテレビで放送されていました。突然の雨でコンビニでビニール傘を買う人の様子が映っていました。
 それを見ていた息子が「こういう時には値段を倍に上げてもビニール傘は売れるよね。」と言いました。
 私は「その時ビニール傘は売れるかも知れないけど、あそこの店は人の弱味に漬け込んで商売する嫌な店と思われれば店として長続きはしないよ。」と言いました。息子は「目先でなくて先を見て商売しないといけないんだ…」と分かったような分からないような表情を浮かべました。
 “健全な究極のステマ”は、目先にある自らの利益だけを求めるのではなく、相手を思いやる気持ちを常にもって商売することではないかとその時改めて思いました。

 「自利利他、自他不二」(自利とは利他いう。自分と他人は二つに非ず。)
 飯塚毅TKC名誉会長のこの言葉は、普遍的なマーケティング戦略の礎になるものだと思います。

平成30年6月

山本哲也

2018年5月掲載分

~「気の利く」の反対語は「おおらか」?~

【車に乗った瞬間にガソリンのエンプティランプが点灯!】
 先日、事務所の車両を使用して、名古屋に車で出張しました。出発予定時間よりやや遅れて事務所を出ました。車に乗った瞬間にガソリンの残量が少ないことに気づきました。「もーっ!前に乗った人は誰だ?!」思った瞬間にエンプティランプが点灯しました。元々、名古屋に行くのでガソリンスタンドには寄るつもりでしたが、満タン近くならば、少し出発が遅れた分を取り返せるかな…との期待もあったため、余計に苛立ってしまいました。
 ガソリンスタンドは名古屋に向かう方向とは逆で少し戻らないといけなかったので、普段通る市街を抜ける道ではなく、少し回り道にはなるがバイパスを走って行った方が早いのでは!と思いバイパスを走って行くことにしました。途中までは順調でしたが、国道一号線への合流地点のかなり前から大渋滞…。
 自分が少し出発時間に遅れ、自分の判断でバイパスを使って行くことを選んだにもかかわらず、ガソリン残量が少ないまま放置した人に苛立ちを覚え、責任転嫁をしている、度量の小さな私がそこにいました。

【偶然!ラジオから流れる人生相談で…】
 道中ラジオをつけていたのですが、人生相談の番組がやっていました。結婚20年経過した奥さんが自分とは違い、「夫が何故そのような行動をするのか?」と感じることが多く、どうしても受け入れられないという悩みにアドバイスする内容でした。
 回答者が「例えば具体的にどんな行動が受け入れられないの?」と質問するとその奥さんは「些細なことなんですが、主人と交互に車に乗った時にガソリンの残量が少なくて、どうせ入れないといけないのだから後のことを考えてこんなに少なくなるまで放置する主人の“気の利かない”ところが許せなくなった…」となんともその時の私にはタイムリーな内容でした!回答者は「ご主人は変わってないと思いますよ。ガソリンが少なくなっても動じない、そのようなことに気づかない人は昔からそのように行動していた筈ですから。受け手のあなたが変わったのです。結婚当初はそんなご主人の“おおらかな”ところに惹かれていた筈です。小さなことにこだわらない。あなたも随分その“おおらかさ”のお陰で助けられたんじゃないですか?…」
 “おおらか”と取るか…なるほどなと感心しながらも、夫婦間はそう考えても、ビジネスマンたるものこれは“おおらか”で済ましてはいけない“気が利かない”と捉えなければダメだ!とまた自己正当性を主張する自分がそこにいました。(^_^)

平成30年5月

山本哲也

2018年4月掲載分

~この季節の風物詩~

【人事異動の季節】
 毎年この季節になると当事務所がお世話になっている会社の担当者の方が大勢人事異動の挨拶に来られます。金融機関、保険会社の方は3年程度で異動される方が多く、せっかく慣れ親しんだのにと寂しく感じられます。先方は栄転や希望通りの転勤、うるさくて面倒な会計事務所の担当からやっと離れられて“ホッ”と喜んでいる人も多いと思いますが(^_^)

 私たちは転勤はありませんが、”担当替え”が時折あります。以前「せっかく会社の状況を理解してもらったのに担当が変わると新しい担当者にまた一から会社の状況を理解してもらわないとならないから…」とのご意見を頂いたこともありました。

【人事異動はなぜ必要なのでしょうか?】

 人事異動には一般的に次のような『目的』があるとされています。
①:異動によって新しい視点を持ちスキルアップを図る『社員の成長』
②:適材適所の人員配置による会社全体の効率化を図る『会社の利益向上』
③:組織の『マンネリ化を防止する』
④:『不正を防ぐため』 

 私自身が、人事異動がない組織に四半世紀在籍している為、何か判ったような判らないような『目的』に感じてしまうのですが、世の中の会社はこの季節に人事異動が多いのは事実です。やはり何かしらの効果があるはずです。
 そこで私が考えた結論はこうです!費用や時間だけの『効率』を考えたら、人事異動は非効率な面があります。でも「働く人の気持ち」を考えたら人事異動があるから頑張れる、人事異動があるから耐えられるという人も世の中には割と多くいるのではないかと。人は機械ではなく心がある。だから人事異動は必要なのだと…
だとしたら、人事異動のないうちは大丈夫か??? (≧◇≦)
この春、異動された皆様。大変お世話になり本当に有り難うございました。
新しく赴任された皆様。前任の方々同様に宜しくお願い致します!

平成30年4月

山本哲也

~今からでも遅くない~

 私の大叔母は書道家でした。今は引退し第一線は退いていますが、豊橋では何度も個展を開き、お弟子さんもたくさんいます。それが関係しているかどうかはわかりませんが、何故か私は綺麗な字がとても好きなんです。習字で書かれた教科書通りの明朝体ならずーっと見ていられます(変なやつだと言われます笑)
印刷された字などでは何故か感動はありません。人が書いた習字やノートに書かれた綺麗な字に感動し、ずーっと見ています(笑)

 小学生の頃の習字の時間は苦手でした。思い返すと、習字の時間が苦手だったのではなく、綺麗な字を書けないことがストレスだったんだと思いました。でもその頃は上手くなるために練習しようなんて微塵も思っていませんでしたね・・・。

 先日も何気なく「綺麗な字を見るのが好きなんだよねー」と話していたら、「は?そんなもん自分で書けばいいじゃん」と言われました。相手は当たり前のことを言っただけでしょうが、自分にはとてつもない衝撃でした。自分がみとれてしまうような字を、自分で書いてやろうと思ったことは今までほんの一瞬もありませんでした。自分でもびっくりしてどうしてなんだと考えたら答えはすぐにわかりました。たまに人から言われる「字、綺麗だね」。この一言に満足していたからです。満足し、それを高めようとは思わなかったのです。「道」と名の付く習い事はその道を極めるという意味があり、精神鍛錬にも大きな効果があるようです。集中力の足らない自分にはピッタリ!ということで習字教室に通って、自分の好きな字を自分で書いてやろうと思います。

 ちなみにインターネットで「豊橋 習字教室」と調べたらいくつかありましが、検索結果の一番上に表示されてた所が良さそうだったので、そこを考えてます。こうなると自社のホームページを持っているのとそうでないのでは集客に差が出てくるんだなと、最後に会計事務所の記事らしく終わろうと思います。

平成30年4月

白柳幾太朗

2018年3月掲載分

~「譲る」気持ちを大切に!~

【研修会の帰り道の出来事】

 名古屋での研修会を終えて事務所に帰る時の出来事です。駅前のコインパーキングから急いで事務所に戻ろうとしていました。そこは割りと広い駐車場だったのですが、事前精算機が無く、出口で車に乗ったまま精算するタイプの駐車場でした。

 私は急いでいたので小走りで車に乗り込み、出口に向かいました。出口近くで何ヵ所のゾーンから車が合流するのですが、合流する時、私の向かい側の車の運転手と目が合いました。一瞬、「お先にどうぞ」と譲ろうかと思いましたが、初老の女性だったので、出口の精算はまごつくかもしれないし、早く帰社したいという、自分本位の考え方で行動し、私が先に車を動かし精算機の前で停車しました。

 夕方の混雑する時間なので先程の女性の車の後ろにも何台か車がついているのをバックミラーで確認しました。自分が先頭で渋滞に巻き込まれなかったことに恥ずかしながら「ラッキー!」と思ってしまいました。


【その自分本位の醜い心に罰が当たる!】

 そして駐車場を出ようと車を精算機の横にギリギリ着けて、硬貨投入口に100円玉を入れようとした瞬間、手から溢れてチャリンと落としてしまいました。車の下に落ちてしまったかと思い、後ろに渋滞も出来てしまっているし、その100円を諦めようかと思いました。しかし、幸運なことに、運転席の窓から見回すと、すぐ右後ろに落ちているのを見つけました。ドアを開ければすぐ取れそうな所でした。すぐさまドアを開けようとしたらゴツン…精算機のギリギリに横付けしたのでドアが僅かしか開かず、ドアを精算機に押し当ててしまいました。それでも腕一本出せるぐらいの隙間はあったので、僅かに開いたその隙間から、右手を後ろに押し出して手探りで100円玉を探りました。直接見えない100円玉を手探りで拾うことがなかなかできず、ようやく握りしめたその瞬間、右手がつってしまい痛みが走りました。右手での精算を諦め、車内で体をよじって左手でなんとか精算を終わらせ、やっとの思いで駐車場を出ました。自分本位の「ラッキー!」と思った瞬間から駐車場を出るまでの実際の時間はたかだか2分ぐらいだったと思いますが、とても長い時間に感じられました。それにも増して、後ろで私の一連の行動の一部終始を見ていたあの初老の女性がどのような気持ちだったかを考えると、とても恥ずかしく自分自身が情けない気持ちになりました。

 「譲る」気持ちの大切さを説いた故事はたくさん有りますが、それらのどの故事よりも「譲る」ことの大切さを身をもって強く感じ、大反省した出来事でした。(^_^)


平成30年3月

山本哲也