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税理士法人あけぼの
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東海税理士会所属

スタッフ事務所通信

毎月スタッフより日々感じたこと体験したことを自由に掲載させて頂いています。お気軽にご覧下さい。

写真:スタッフ事務所通信

2020年10月掲載分

~祖父からもらったハーモニカ~

 NHKの朝ドラ「エール」が地元豊橋もロケ地になったこともあり、毎日みています。ある日の放送で戦時下の物語が描かれていました。主人公がミャンマー奥地に慰問に行き、そこで兵隊を集めて小人数ですが楽団を組み、音楽を奏でるというシーンがありました。しかし、敵襲に遇い多くの人がその場で倒れていきました。戦争の悲惨さ、無意味さが描かれていました。
 20年ほど前に亡くなった私の母方の祖父は、出征しミャンマー(旧ビルマ)の部隊に配属され戦時下を生き抜き帰還しました。九州の佐賀県に住んでいたため、私が祖父と会ったのは十数回ぐらいだったと思います。あまり多くない祖父との思い出で40年程経った今でも印象に残っている出来事があります。それは、私が小学生の高学年か中学生だった頃の事です。その時、祖父はおもむろにハーモニカ (YAMAHA製)を取り出して、“おてて つないで 野道を行けば ♪“が歌い出しの「靴が鳴る」を吹いてくれました。吹き終わるとそのままそのハーモニカをシャツの袖で拭き、私に手渡しました。私の記憶の中の祖父は寡黙な人で、あまり言葉多く語ることはなかったので、どんな想いでそのハーモニカを私に手渡したのかは言葉では伝えませんでした。
 その後、祖父が亡くなるまで、会う機会は何回かありましたが、私がその事を聞く事も、祖父が語る事もありませんでした。
 今となってはもう聞くことができません。戦争で徴兵され外地に赴き、生きるか死ぬかの修羅場をくぐり抜け生還する。ここで私が薄っぺらな文章でいくら表現しても表し切れない深い想いが存在していた筈です。
 どんな想いを祖父が持っていたかを私は自分で想像する範囲でしか理解することしか出来ません。私が祖父の実際の想いの8割ぐらい理解したのか、1割も理解していないのか、それは誰にもわからないことです。
 言葉では伝えきれないものはこの世に無限に存在します。
 音楽であったり絵画などの美術品であったり、人の行動、所作であったり様々です。

 伝え継承していかなければならないものとは何か?
 私の中のその答えの一つが、今尚、手元にある75年以上前のキズやへこみがある、祖父からもらったこのハーモニカです。このハーモニカを見て、祖父の想いがどれほどだったのかと、私が想いを巡らすことに充分意味があることであり、後生に伝えたいことだと思っています。

令和2年10月

監査担当者 山本 哲也

2020年9月掲載分

~常に種を蒔き続ける!~

 このインフォメーションも毎月毎月書き続けて7年が経ちました。この程度の内容、文章量でも素人の私が毎月書くのはそれなりに労力がかかり大変でしたが、何とか続けてやってきました。
 ネタが無く苦しんで期日ギリギリで絞り出した結果、中身の薄い内容になってしまったり、逆に難なくすらすらと文章が出てくる時もありました。この「インフォメーションを書く」という課題を早めに済ませたくて無理矢理書こうとする時よりも、何を書こうか全くプランがなくてもフッと湧いてきた文章の方が自分自身の評価としては出来がいいと思える文章となることが多いです。(売れっ子作家が言っているみたいな感想で恐縮ですが…)
 違いは何か?と振り返って考えてみると、それは私自身の心の持ちようの違いだったと気付かされました。
 「書いて提出する」という作業をこなさなければならないという心持ちの時は辛く苦しく感じます。
 それとは逆で、ある出来事を目の当たりにして「誰かに伝えたい」「誰かの参考になるかも」と思える時は、割とすらすらと書くことが出来、苦になりません。
 その事を認識してからは、まず「伝えたい出来事」を探すようになりました。どんな小さな出来事でも自分の心に留まる事は、忘れないようにその時なるべくスマホにメモするようにしました。アンテナを張って情報収集をいつでも行うことを心掛けました。当然その収集したすべての情報を書き出すことは出来ません。ボツネタもあります。それにめげずに続けていくことが大切だと自分に言い聞かせています。(^_^)

 これは、会社経営にも役立つ考え方であると私は感じています。
 ある社長に「この先行き不透明な時代にどう会社を経営していけばいいのか、何か良いアドバイスはないか?」と言われたことがありました。「起死回生の一発逆転満塁ホームラン!」のようなアドバイスを私が出来る訳もありません。現状その会社では取り組んでいない小さな具体的な対策例を何個か挙げました。つまり、「いろんな種を蒔き続ける」ということが私の回答でした。
 企業の経営理念、経営方針で「種を蒔く」というワードを使っているのをしばしば見かけます。それだけ、この考え方が経営に効果があることを示してます。
 蒔いても芽の出ない種もあるかもしれませんが、種蒔きをしないで花が咲き、実がなることはありませんね。まずは地道に種まきをひたすら続けて行きましょう!

令和2年9月

監査担当者 山本 哲也

2020年8月掲載分

~過度な保守主義に走らない!~

 先日、電話で注文し、宅配便を利用した買い物をしました。注文時に決済方法を商品受け取り時のカード払いを指定しました。そして商品が届く日、初老の宅配業者が届けに来ました。しかし、彼は荷物を抱えながら「カード払いカードリーダーの電池が切れているので、現金で支払ってくれませんか」と言ってきました。電話注文時に支払い方法を指定していたのを購入先に確認せずに変更しても良いものか、現金も急に用意するも面倒だなぁと躊躇していると「分かりました。カードリーダーを充電して明日また来ます」と荷物を持ったまま、そそくさと帰ってしまいました。荷物をここまで持ってきておきながら…“おいおい!?“って感じでしたが、急を要する物でもなかったのでそのままやり過ごしました。 
 そして翌日。今度は準備万端かと思いきや、カードリーダーの電池は充分でしたが、機器の操作がおぼつかなく30分かけてやっと支払い手続きを完了。その間、愚痴ともつかぬ言葉をぶつぶつ言いながら。まるで現金支払いに応じてくれればこんなに苦労せずに済んだのに!とでも言いたげな感じでした。 

 私の立場からすれば、明らかに先方の不手際であり、しかも前日荷物を持って来ながらそのまま次の日に再配達するという大失態を目の当たりにし、通常であればこちらが大クレームを言っても当然の状態でした。それでもクレームを宅配業者本部やお客様サービスセンターの類いに申し出なかったのは、その初老の人に憐れみを感じたからでした。(人生の先達に対して上から目線で失礼かもしれませんが…)
 人間は年を取ると自己防御本能というものが働いて、変化を求めなくなるというか変化を受け入れたくなくなるそうです。カードリーダーを上手く扱えないことに対して、自分の技量(?)を向上させるのではなく、自分は変化せずに、そのカードリーダーを極力使わないようにするという周りの環境を自分に合わせさせようとする思考回路は正に自己防御本能そのものですね。
 企業会計に「保守主義の原則」という考え方があります。予測される将来の危険に備えて慎重な判断に基づく会計処理を行うことを要請する原則です。それは、企業の事業活動をより長く継続させるためには、将来の予期せぬ事態に備えて利益をやや控えめに計算し、企業体力を温存するような会計処理を許容することも必要だという考え方です。当然ですが、事実を歪めるような過度な保守主義は禁止されています。
 人間の生き方も、企業経営も適度な保守主義は必要ですが、過度な保守主義は禁物ですね。最近の私自身も変化を求めない保守主義にどっぷりと浸ってしまってないかと考えさせられるエピソードでした。皆さん、最近のご自身はいかがでしょうか?

令和2年8月

監査担当者 山本 哲也

2020年7月掲載分

~自分の心に正直に行こう!~

 ある経営者が会社の為に営業的にどうしてもやらなければならないことがありました。私から見てもそれはその会社の存続にとって必要不可欠でやむを得ないと思われることでした。けれど「心が痛い」と仰っていました。
自分の気持ちに反して行動をしなければいけないことは辛いですね。
一方、別の経営者は「些細なことだけどこれだけは自分の気持ちに反してしまうのは嫌だ」と言って、自分の正義を押し通しました。その件に関しては、世間一般的には、そこまで律儀にする人はあまりいないかもしれませんでしたが、私はその方の判断は正しいと思いました。
 どちらのケースも具体的に記載することが出来ず、抽象的で少しわかりにくい表現ですが、自分の素直な心に従って、行動すること・行動できることというのは、人の心にとって大切なことですね。もちろんその行動が法律に違反することであったり、世間一般的な常識を逸脱し他人に害を与えるものではいけませんが… 

 30年近く前、私も自分自身の心に素直な気持ちでいたいと日々強く思った時期がありました。その頃の私は飛び込み営業をしていました。毎週金曜日に行われる夕方の会議が嫌で嫌でたまりませんでした。そこでは翌週以降の見込み客をA見込み客(成約間近の予定客)~C見込み客迄リストアップし報告することになっていました。管理する側からすると各人の報告から営業所に課せられた予算を積み上げて行くので重要なものです。その報告する見込み客のランクが適正なものか否か自分自身で違和感を覚えながらも無理矢理ランクアップさせて報告しないといけない状況に私は常に追い込まれていました。(今から思えばそんなことは上司は簡単にお見通しだったと思いますが…) 自分の弱さが自分を追い込み、自分自身に嘘をつき、そして自己嫌悪に陥るといった悪循環にもがいていました。毎週末こんな思いをしたくない、もともと経理関係の仕事をしたいと思っていましたが、このままその会社にいても経理部門に配属されることはまずないなと世間知らずで浅はかな自らの判断で新しい環境を求めて転職しました。
 周りからは「もったいない」とか「石の上にも三年だぞ」とか言われましたが、自分の素直な心に従って行動を起こしたことで後悔の念は全くなく、スッキリとした心持ちになりました。それから今日まで、自分自身の素直な心に極力従うように行動してきました。その間、自分が嫌な思いをしたり、逆に相手の人に嫌な思いをさせたりしたことも数知れずあったと思います。
 そうであっても自分の心に素直に、正直に行動をすることは生きていく中で一番大切にしたいことだと思っています。また、そのように行動できる環境に身を置けることが幸せなのだと思います。

令和2年7月

監査担当者 山本 哲也

2020年6月掲載分

~用意周到か?泥縄的か?~

【コロナ禍の中の免許証書換】
 コロナ渦の中、運転免許証の書換時期を迎え、仕方なしに向かいました。混雑しているかと思い朝一番で行きましたが既に長蛇の列でした。行列はテーマパークのアトラクション待ちか人気飲食店の行列待ちのように四重五重となって200人か300人程となっていました。検温とアルコール消毒、マスク着用というコロナ対策はしていましたが行列に並ぶ間隔もぎゅうぎゅう詰めでした。けれど講習を受ける部屋は2つの席の内1つに×印がついていてそこには座れないようになっていました。その為、受講待ち時間が発生し、私は1時間待ちとなりました。ゴミゴミした三密の状態で受付、検査、写真撮影等で1時間、それが終わって講習が始まる迄の待ち時間が1時間、それから講習を受けて免許証をもらうまで1時間、5年前の前回の免許証更新に比べ倍以上時間がかかってしまいました。終わって一階に降りてくると受付の待っている行列は朝一番よりは幾分解消されていましたが、駐車場が満車状態となっていました。
 今回の更新出来る条件の一つに『更新延長の申請を出していないこと』がありました。念のため先に延長申請を出しといて緊急事態宣言が解除されたら普通に期限内に免許証更新に行けばいいと思った人は本来の期限内に更新手続きが出来ないのです!
 後になってから、そんな条件が付されました。私も当初は延長申請を出しておいて、行けるようになったら行こうと、“二段構え“を考えていましたが、延長申請をなかなか出すことが出来ませんでした。そうこうしている間に緊急事態宣言が解除され、延長申請を出していない私は通常の期限内に免許証の更新をすることが出来ました。もし、“二段構え“をしていたら今頃「いつになったら更新できるようになるのだろう?」とやきもきしていたことでしょう。 

【用意周到に対応VS泥縄的だが瞬発力ある対応】
 私は、心配性なので嫌なこと面倒なことはなるべく早く済ませたいタイプの人間です。あることが気になるとそれが心のどこかに引っ掛かって気になって仕方ない、そんな感じです。子供の頃、夏休みの宿題はなるべく早目に済ましていました。逆に8月31日まで宿題を終わらせずに遊び続けられる人は凄いと思っていました。
 ただ社会に出てみると、余裕を持って宿題を済ますことが出来る状況はなかなか稀です。8月31日にギリギリ切羽詰まって宿題をこなす瞬発力ある対応が求められますね。
 そんな思いで締め切り間際にこのブログを必死に書いています。(^_^)
 皆さんはどちら派? えっ…両方ですか?

令和2年6月

監査担当者 山本 哲也

2020年5月掲載分

~目に見えないものの存在~

【リモート飲み会にて】
 コロナ禍の中、先日大学時代の友人5人とのリモート飲み会に参加しました。久しぶりだったので近況報告から始まって、コロナウイルスの影響をどう受けているかを話していました。暫くすると私の写っている画面だけが明るくなったり暗くなったりを繰り返すようになりました。リモートでの通信は、携帯電話の電池が少なくなったり、Wi-Fiの電波状況が悪いと回線が切れてしまったりすることがあるので、通信回線状況が悪くそうなってしまうのかと思いました。もう一人、画面が固まってしまって音声だけが聴こえる状況になってしまった為、一旦リモート飲み会から全員退出して、再度設定した後、再び参加することにしました。再開後もう一人の状況は改善されましたが、私の画面の明るくなったり暗くなったりの状況は改善されませんでした。なんでだろう?と原因分析を皆でしている時、私がいた部屋の蛍光灯が点いたり消えたりし始めました。 (^_^)
 リモート飲み会に参加する場所を普段あまり使っていない和室にしていたのですが、蛍光灯を点けることもほとんどなく、20年以上蛍光灯を替えていないことにその時、初めて気付きました。 

【見えない光や聞こえない音がある!】
 同じ光でも実際に人間が目で見られる範囲と最近の性能のいいカメラが捉える範囲は違い、人間の目が捉える光の明暗よりも、カメラはもっと精密に光の明暗を認識していたことに改めて驚きました。
 昔、子供向け番組でやっていた実験でテレビのリモコンの赤外線を見られるというのを知って、実際にやってみたところ、リモコンから発せられる赤外線を本当に目視できた時の驚きと似た感覚を得ました。
 また、年をとると聞こえないモスキート音のような音を発する機械を、若者が長時間たむろしないように店頭に設置するコンビニがあると聞いたことがあります。
 これらの例だけでなく、世の中には、実際には存在しているのに自分には見えないものや聞こえないものがある、もっと極端に言えば自分の感覚や知識は無限にある事象のほんの一部しか把握できない程度のものと意識して、自身の能力を謙虚に評価しなければならない側面があると思います。
 一方、その逆に見えないものや知らないことを過剰に恐れることは、自身の行動を極端に制限することになるため、「中庸」を意識して極端な考え方にならないようにしたいものですね。(^_^)

令和2年5月

監査担当者 山本 哲也

2020年4月掲載分

~先の見えない不安~

【問題先送りにしたつけが…】
 ここ半年ぐらい少し疲れて来ると歯茎に痛みを感じる時がありましたが、少々痛くなっても、忙しさにかまけて歯医者に行きませんでした。嫌なことを後回しにしていました。(^_^)
しかし、先日、歯茎から出血して血が止まりにくくなって痛みを我慢するのも限界になった為、半休をとって歯医者に行くことにしました。その日は木曜日で今まで行っていた歯医者は休診日。電話帳やネットで歯医者を検索しましたが木曜日休診が多くのなかなか探せませんでした。ようやく歯医者を見つけ、直ちに治療に向かいました。診察を受けると左上の奥歯の歯茎が炎症を起こしているとのこと。原因の一つはその奥の親不知が虫歯になっているからで、次回その親不知を抜くことを問答無用に宣告されました。問題を先送りにしていたつけが回ってきました。(>_<)

【歯医者にて】
“歯を抜く“となると、恥ずかしながら、この年齢になっても恐怖感というか不安感を抱いてしまいました。歯を抜くことを宣告されてから抜くまでの一週間は、仕事など何かに集中している時や、何か行動をしている時は大丈夫なんですが、ふと気が抜けた時に“歯を抜かなければならない“という恐怖感・不安感が頭をよぎりました。
そして歯を抜く当日。治療する椅子に座って待っている時間10分。治療始まって抜くまで同じく10分。どちらが長く感じるか?当然前者の10分が数倍長く感じました。何故でしょうか?それは、10分間という限られた同じ時間の中でも、頭の中で不安なことを考えてしまう回数や時間が多かったからと思います。 

【不安な時の心の持ち方】
今、未曾有の不安や恐れが世間を席巻しています。私達はその不安や恐れに真っ向から対峙して、万全に漏れなく完璧な対策を講じることが可能でしょうか? 当然の事ながら、自分自身の出来ることは漏れなく対策を講じるべきだと思いします。しかし、限界があります。
限界があるのに“完璧主義“の遂行を心の拠り所とすることでは、安心は得られないと思います。完璧とならないことで、逆に不安が増長され自身の心を蝕んでいくような気がします。
自身が出来る限りの行動を実施した上で、天命を待つ!と決断すれば健全な心は保たれるような気がします。歯を抜くぐらいでオロオロする人間の考えですが…(^_^)

令和2年4月

監査担当者 山本 哲也

2020年3月掲載分

~環境の変化に対応する~

【イヌ派・ネコ派】
 元々、私はイヌ派だったので犬は20年来飼っていましたが、4年前に初めて1匹の迷い猫を飼い始めました。私の当初の猫に対してのイメージは「気まぐれで身勝手、イヌのように忠誠心が無い…」とイヌ>ネコという感じでした。しかし、実際に飼ってみると猫は猫でかわいく感じられるようになりました。1匹のネコを飼うという環境の変化によって、イヌ派?ネコ派?ではなく、どちらも!と私自身は変わりました。

【更なる環境の変化!】
翌年、私の家の敷地付近で野良猫が(なんと!)6匹の子猫を生みました。突然のことでその時は右往左往しました。なんとかとか対応しなければと、一旦保護して、保健所に相談したところ、ホームページに掲載してもらい里親を募集することとなりました。幸いにも5匹は引き取り手が見つかりましたが、残りの1匹と母猫を我が家で引き取ることとしました。その後、自宅付近にいた別の雌の野良猫を保護して地域猫の申請を行い、去勢手術を行いました。その猫の子供と思われる少し大きくなった子猫を保護し、我が家で受け入れ、猫4匹と犬1頭となりました。そんな状況になることは猫を飼う前の私では、とても想像がつかなかったと思いますが、自然の成り行きのようにその状況に至りました。

【新入り子猫】
昨年の夏に、犬が亡くなり、猫だけとなりました。そしてこの冬の確定申告の忙しい2月にまた1匹の迷い猫が我が家の一員になりました。既にいた4匹の猫は、はじめは、新入り猫をいじめるというか警戒心からか「うーっ」と声を発し、近づかないように威嚇したり、前足を出して追い払うような行動をとりました。しかし、一週間ぐらいすると4匹のうちの1匹が慣れ、1ヶ月もすると4匹とも受け入れた感じとなりました。今では、その時々にそれぞれの居場所を確保し、時折ケンカのようなじゃれ合いのようなことはするものの、環境の変化に猫達は順応しました。

【新入社員】
新入社員が朝礼で「初出勤日の前日は不安でよく眠れなかった。」と言っていました。 新しい環境に置かれた人は、慣れるまでは、自分はここでやっていけるだろうか…等々、不安な気持ち、ストレスを抱えるでしょう。この季節、そのような人は多いと思います。また、初めて幼稚園や保育園に通うことになったお子さんをお持ちの親御さんは不安な気持ちは倍増ですね。慣れるまでに少し時間的な余裕を持って、自分自身を冷静に見つめたり、お子さんを温かく見守ってみましょう。

ちなみに新入り子猫は今では一番威張って他の猫を追いかけ回しています。(^_^)

令和2年3月

監査担当者 山本 哲也

2020年2月掲載分

~見えないものを見る~

【美術館にて】
 先日何気なく立ち寄った美術館で、ボランティア学芸員に声をかけられました。「絵画の説明を受けながらの鑑賞会に参加しませんか?」とのことでした。時間にして30分ぐらいで、せっかくなので参加することにしました。 
 そこに展示されていたのはモネなどの西洋の風景画でした。それまで格式高く高尚とされていた宗教画の背景となっていた風景画は、16世紀から17世紀にかけて、宗教画よりも一般の人に親しみやすい絵画のジャンルとして確立されていったそうです。
 展示されている絵の中から3枚の絵を選んで、それぞれ10分ぐらいずつ時間をかけて、学芸員の方が、 絵の描かれた時代背景、細かに描写されているもの、構図の取り方、色使い、画家の書き方の特色等を説明してくれました。
 私は、これまで美術館に行って絵を見ても、ド素人の我流の見方しかしなかった、というか出来ませんでした。ですから単純に自分の感覚で、この絵は色使いがきれいとか、良い風景の絵だなぁとか、ただただ漠然と見るだけでした。それでも気分転換には十分だと思っていました。しかし、学芸員の方に色々説明してもらうと、これまでとは違う見方ができ、絵画を鑑賞する幅が広がったような気がしました。
 例えるならば、これまでは私からの一方通行だった見方が、双方向になった感じです。作者は絵を通してどんな思いを伝えたかったのか、どんな時代背景だったのか等に思いを馳せることは1枚の絵を通して作者と会話しているのかもしれません。
 自分が変われば、ものの見方が変わり、そこから得られる情報の量も質も変わるのだということを気付かせてくれ、良い経験ができたと思います。 

【会話の“行間を読む”】
 芸術も一つの情報と捉えることが出来ますが、最も身近で重要な情報発信手段は会話ですね。会話する時のただ発せられた言葉だけでなく、表情、抑揚、声の質感、身ぶり手振りで伝わり方が随分変わります。また聞く側も意識を集中すれば発せられた言葉から、相手の思いや心理的な状態を感じることが出来ると思います。
読書する時に「行間を読め」と言われますが、会話も同じで、話す側は”言霊“を込めて言葉を発しなければ相手に思いが伝わらないでしょうが、聞く側も、読書の「行間を読む」と同じように話した相手が何を伝えたいのかを五感で受け止め、相手を理解しないと良いコミュニケーションは図れません。
 行間のように”見えないもの“をいつも意識して見るように心がけたいものですね。



令和2年2月

監査担当者 山本 哲也

2020年1月掲載分

~”対岸の火事”と思うなかれ!~

【子供のいない子供会役員】
 私が住んでいる地域では毎年、年末の町内会の集まりで次年度の役を決めることとなっています。過去の役の受託状況から事前に組長さんが各戸々を回ってお願いしているので、例年その会合は割りと早くに終わります。しかし、今年は議案の提案があり、すぐには終わりませんでした。役の一つである「子供会」は小学生以下の子供がいる家の持ち回りなのですが、再来年度に小学生以下の子供がいる家がなくなるのでどうしたら良いのか?という議案でした。

 10年ほど前に私が子供会の役をやっていた時、別の組では該当年齢の子供がいないので、初老の男性が子供会の役をやっていて、「子供のいない組でもこの役をやるのは大変だなぁ」と感じていました。当時は私たちの組は20数件のうち、5,6軒は子供のいる世帯がありましたから、そのような状態になるのは、まだまだ先だろうとあまり実感できませんでした。しかし、今回我が身に降りかかってきて、初めて少子高齢化の弊害を実感しました。

【空き家問題】
 先日、中学時代の同級生から、親御さんだけが住んでいる家が、将来誰も住む予定がなく、今後どうしていくのが良いかと相談を受けました。彼は姉と二人姉弟で彼自身は首都圏にマイホームを購入し、姉も結婚して家を出ており、両親がいなくなったら実家は空き家になってしまう。両親に何かある前に筋道を立てておきたいとの意向でした。近年、空き家問題がクローズアップされていますが、空き家になる前の対策の重要性を切実に感じました。

【早期退職勧告】
 上述の彼は都市銀行に勤めていましたが、40代後半から50代ともなると、その業界では当たり前のように“肩たたき“があるそうです。そうなる前に自らで転職先を探すのか、不遇の残り時間を過ごすのかの選択を模索するそうです。私たち世代はバブル末期世代で就職活動時は大企業が大量採用していました。私も同期が1000人を超すような会社に就職したので、もし、その会社にずっと勤めていたら、今頃は早期退職を促されていたのかもしれません。「もうそんな歳か!」と自分の年齢を感じました。

 何年も前から社会問題になっているこのような事柄でも、私自身は“対岸の火事”にしか感じることが出来ていませんでした。しかし、これでは実際にその問題に直面してから対応策を考える事になります。対応が遅れれば、選択肢は少なくなり、その効果も薄れてしまいます。“対岸の火事”を自分のこととして受け止め、対策を真剣に考えることが大切ですね。もし、それが「杞憂」に終わってしまったら、“対岸の火事”がこちらに“飛び火”しなかった、その幸せに感謝!ですね。(^_^)


令和2年1月

監査担当者 山本 哲也

2019年12月掲載分

~第二の人生をいかに歩むのか?!~

【朝の散歩にて】
ある日、日課である朝の散歩をしていると初老の男の人に「今日、犬は一緒じゃないの?」と声をかけられました。「今年の夏、もう少しで16歳になる少し前に死んじゃったんです。」と私が答えると「そう…長生きだったねぇ。うちの犬も今年の冬に15歳で死んじゃった。あなたはまだ若いからまた飼えるね。自分は年だから飼えないんだよね…。」しばらく間を置いてから「家族同然だったから…」とぽつり。何とも言えない寂しさが漂っていました。

【相続税申告の手続にて】
奥さんが亡くなられた方の相続税の申告資料の確認にお伺いした時、ご主人が対応してくれました。これまで全ての郵便物等の書類の管理は奥さんがやられていました。「おれはこういうのは何も判らないんだよ。これまで全部お母さんがやってくれていたから…まさか先に死んでしまうなんて思ってもなかったから…」
家の中を明るく照らしていた存在感の大きな伴侶を失った方の言葉も身につまされる重たいものでした。

【観光ガイドボランティア】
10月終わりに、数千キロも海を渡って移動する珍しい生態がテレビでも話題となっていた「アサギマダラ」という蝶が飛来したのを田原の蔵王山に見に行きました。私自身、田原の蔵王山に行くのは本当に久しぶりで山頂の施設も大変きれいになっていました。展望デッキから景色を眺めていると、首から観光ガイドの名札をぶら下げたご老人に話しかけられました。「今日は天気が良いけど富士山は見えませんね。昨日の午前中はこの時期には珍しく見えたんですよ。もうアサギマダラは見られました?…」と次から次へと色々な話題を笑顔で話してくれました。週に何日かそこに来て、観光客に話をしているそうです。私と話終わると、まるで蝶が花から花へ移るように、また次の人に話しかけていました。私はその元気な姿に好感が持て印象的でした。

誰しも限りある時間を生きています。毎日毎日をいきいきと過ごせるか否かは、その人がどう考えどう行動するかで変わりますね。それは、前を向くか後ろを向くかのような誰にでも出来る簡単なことの積み重ねで大きな差がでるのかもしれませんね。



令和元年12月

監査担当者 山本 哲也

2019年11月掲載分

~世の中は知らない事、やってみないとわからない事ばかり!~

【ラグビーワールドカップ】
 ラグビーのワールドカップは日本代表の活躍により、大変盛り上がりましたね。
 そのワールドカップが開幕する少し前に私のようなラグビーをあまり知らない人向けのテレビ番組がやっていました。 
 その一つのコーナーで「楕円形のラグビーボールでも上手な選手はキックして何回弾むと走っている選手が受け取りやすいように蹴ることが出来る!」と言っていました。私は「そんなの絶対無理だ、たまたま偶然じゃないか?」とすぐさま思ってしまいました。しかし、実際にやっていた画像が放映されると見事にスリーバウンド目に走ってくる選手の前でポンと跳ね上がりボールは取りやすいところに飛びました。
 「凄い!!そんなことが実際にできるんだ…」と感心すると同時に、自分の先入観、偏見を大いに反省しました。

【トイレ便座の交換】
  先日、トイレの便座の保温機能が故障で作動しなくなりました。数年前に便座を取り外して電気の接触不良を自分で修理したことがありました。(本当は素人がやってはいけないのかもしれませんが…)その時も時間がかかりましたがなんとか自力で出来ました。その経験があったので再度接触不良を修理しようとしました。しかし今回は、何処で接触不良となっているのか特定できず、諦めて便座そのものを買い換えることにしました。
 とりあえず何でも自分でやってみないと気が済まない私は、早速、家電量販店で便座を購入し、自力で取り付けを試みました。便座自体を取り外しているので簡単に取り付け出きると思っていました。しかし、いざ付けようとしたら今回は水道の器具の取替もしなければなりませんでした。「しまった!業者さんに頼まなければいけなかったか…」と思いましたが、よくよく確認するとそんなに難しくなさそうな感じ。恐る恐る仮設置してみると新しい器具と古い器具の形は全く違いましたが、肝心の水道管までの分岐距離は、ほぼ同じ寸法でした。大がかりな工事は不要でなんとか無事に設置作業は完了しました。
 世の中には自分の知らないことはいっぱいあります。自分の想像・想定を超えることもいっぱいあります。「そんな事は知っている!」という思い込みや先入観を捨て、“世の中は知らない事、やってみないとわからない事ばかり!”という意識で物事を見つめ自分自身の見聞を広げていきたいものですね。


令和元年11月

監査担当者 山本 哲也

2019年10月掲載分

~一度得たものを手放す難しさ~

【ルービックキューブから得た教訓】
 先日、家の中の片付けをしていたらルービックキューブが出てきました。私が小学生か中学生の頃にブームとなり、私自身もどこかイベント会場に出かけて制限時間内に全て揃えるともらえる認定書をもらった覚えがあります。今は自力では一面しか揃えられませんが…(^_^)
 子供にやらせてみるとはじめは全く出来ませんでした。傍らでやっているのを眺めていて、出来ない原因がわかりました。数枚色が揃うと「そこは崩したくない」という意識が働き、それ以外を一生懸命動かして揃えようとしていました。そこで「一度揃ったものをバラして次に進む」というコツを教えるとすぐに一面だけは揃えることが出来ました。
 私自身もそうですが、「一度得たものを手放す」ということは簡単にはできませんね。しかし、次に進むためにはそれを捨てなければならないことがあります。
 固定観念、先入観、既得権、安定した生活等…ワンステップ上がるため、チャレンジするためにはそれら一度得たものを“自らの意思で手放す”必要が生じる機会が人生において少なからずあるように思います。

【愛犬の死】
 先月もう少しで16歳になるところだった愛犬(ラブラドール)が死んでしまいしました。家族同様に同じ時間を過ごしてきて、毎朝文句も言わず私の散歩に付き合ってくれた相棒がいなくなってしましました。
 こちらは“自らの意思とは関係なく、別れなければならなくなった”ので惜別の思いが強くなかなか受け入れ難いものでした。しかし、逆に考えれば、“自らの意思とは関係なく”、強制的に決められることであるため、あれこれと考えること無しに次のステージに行かざるを得ない状況になります。
 家族との別れのような“自らの意思が及ばない”ことの方がある意味シンプルで、“自らの意思で一度得たものを手放す”方が難しいのかもしれませんね。
 いずれにしても、次のステージ、次のステップで頑張るのは自分自身ですね!


令和元年10月

監査担当者 山本 哲也